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1109号 西部劇の娘

2016年01月24日(日)

 正月明けに、TV映画(BS.Pビデオ)で「昼下りの決闘」(Ride the High Country 1962年)という古い西部劇をみた。主演はもう老眼鏡がいるという役回りでの元保安官に、かつて名の知れたランドルフ・スコット(1898-1987年)という俳優が出演している。筋書きは、旧友をさそっての金塊輸送の仕事と若者同士の恋をおりまぜた、カリフォルニア山中を舞台にした通俗的なウエスタンである。
 この映画を見ての感想を特別ここに記すのは、登場する農場の娘の行動が、子供の頃に自分が感じたアメリカ西部劇への異和感をふたたび想い出させたからである。ここで感じた種類の文化ギャップがどういうものかと言えば、トクヴィルが「アメリカのデモクラシー」で描いた当時の米国の女性像に何となく通じているということなのだ。(332号「平等と社会」参照)
 「・・・私はしばしば荒野の涯で、ニューイングランドの大都会の洗練の中で育った若い娘が、豊かな親の家を出て、ほとんどそのまま、森の掘っ立て小屋に移住してきたのに出会ったものである。・・・」(同書78頁)
 老保安官と友人それに若者の三人が鉱山に行く道すがら、一晩の宿を求めて農場に近づいて来る。その光景を娘は認めると、いままで牛草を運んでいた仕事をいきなり放り止めて、いそいで正装して玄関にたたずみ彼らを迎える。一人親の敬虔厳格な父親からたしなめられるが、毅然として後に引かない。この娘はもともとこの農場で生まれ育ったようであり、トクヴィルの言う東部から移住した女性のようには思えないが、母のいない父娘二人だけの農場暮しなのである。
 ストリーの展開は、この娘と鉱山に働く婚約者との結婚が、彼の兄弟たちの乱暴沙汰でぶち壊しとなる。この一連の大騒動は、鉱山のキャンプでなされた素人牧師が立会った怪しげな結婚式、契約書、宣誓の正当をめぐるものである。4人の脱出が行なわれて、追跡、最後に決闘の場面となる。つまり男女の自由な意思の有無、契約の存否といういかにもアメリカ社会的な法律沙汰が、一見無法地帯とみえる西部の地でストリーの大事な背景になるのである。
 映画のクライマックスである決闘シーンは、双方とも形など構わない実力行使で十分と思えるが、映画だからそうはならない。結婚を破棄された兄弟側は優位にもかかわらず家族の名誉にかかわるといって正式な決闘に応じる。二人対三人で双方が撃ち合いながら、かなり接近してもなかなか命中せず西部劇らしくない。それでも最後には相手の兄弟たちは全員倒れ、元保安官も致命傷を負うクローズアップの最後画面で体が傾いてゆく。元保安官の老友人(いったん金塊を持ち逃げしようとしたが改心、決闘では傷を負う)と若者と娘は生き残る。
 この西部劇の主人公は老境にある。決闘シーンも風格はあるが颯爽とはしていない。ハリウッド西部劇の黄昏を映像自体で表現したような映画である。この映画以後、ランドルフ・スコットは西部劇に出ていないようだ。娘の方(マリエット・ハートリー
1940年~現在)は、映画の中で当初の人生の目的をトクヴィル流に果たしたことになる。

(2016.1.10 記)