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1083号 無茶の勘兵衛

2015年12月10日(木)

 「無茶の勘兵衛日月録」は、「無茶勘」こと落合勘兵衛の日常と冒険を彼の少年期から成年へと成長してゆく姿のなかで様々なエピソードをまじえて物語ってゆく時代劇小説である。
 舞台となる場所はわが越前の大野藩城下、時代は幕府が成立して五十年あまり四代将軍の家綱の時代である。
 この小説については、以前に武生商工会議所のK氏から福井・大野のことを描いた面白い時代小説があると教えられ、そのときは題名を正確に憶えていないという話しになり、二週間ほど前の会合の席で今度は本書のシリーズ名(全十五巻)と作家名をはっきり教えてもらったのである。よって初巻が一番よろしかろうと思い早速に読むことになったのである。
 作家の名は浅黄斑あさぎまだら、女流ではなく男性であり、筆致は細やかである。大野盆地を取り巻く山々や道や川の風景、城下の町筋、村落のたたずまい、数多くの社寺の年中行事、食べ物では焼鯖やケンケラなど旨いものの作り方や食する様子など、正確にかつ生々と描いている。
 奥越の移りゆく季節感の描写も、決してなおざりには書かれていない。藤沢周平の奥州・海坂藩シリーズにも通じる感じがあり、こちらの物語の背景にも、下級武士の少年である主人公には十分のみこめないお家騒動が背景に展開するのである。しかしながら、小説の筆致の方は明朗で感傷的なところがなく、筋書きにはミステリー性もあり、腕におぼえありのチャンバラ場面はもちろん、若者仲間の友情や男女の仲の話題も不足なく描かれており、読み物としては面白い。
 以下、小説の中からある一節をそのまま引用する。
「その日から五日ほどが過ぎて、濠端の桜が満開になった。勘兵衛が住む水落町からも、中野村の里桜が望まれる。
 曇っているというふうでもないが、空はぼやけた青空で、どこやら霞たなびく、といったふうでもある。夕刻のせいか日の光も鈍い。それでも長く雪に閉ざされていた奥越おくえつの山国では、そんな日ざしさえ貴重に見えた。
 花二十日という。蕾七日、咲いて七日、散って七日で、桜が終わると、初夏の兆しまであと一歩だった。
 そんな春景色のなかで、勘兵衛は道場から戻ったあと、菜園にサヤエンドウを蒔いた。昨年の十月にもいたのだが、霜と雪にやられて、全滅してしまったらしい。
 仕方なく、蒔き直しているのだ。
 春蒔きのエンドウは、もう一つ大きく実らないが、仕方がない。
 (霜をみて、堅氷至る、か・・・)
 この新年から習いはじめた、易経の一節を口ずさみながら、種豆を蒔く勘兵衛に、春の日ざしが柔らかに降りそそいでいた。」
                                                       (「惜別の竹とんぼ」の章から)

 これを読んでわかるように、奥越の春先の風景がそこに生きる人たちの視点から自然な形によく描かれており、家庭菜園の仕事も実況さながらでありまちがっていない。
     (浅黄斑著「無茶の勘兵衛日月録」山峡の城(第一巻)(2006年 二見時代小説文庫)

(2015.12.5 記)