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イッセイエッセイ

1081号 流血地帯or血の大地(BLOODLANDS)

2015年12月05日(土)

 スターリンとヒトラーが覇権を競っていた1933年から1945年までの12年間に、現在のポーランド、バルト三国、ウクライナ各国の地域にほぼあたる場所で、旧ソ連とナチス・ドイツによって約1400万人が、戦闘以外で命を奪われたという。各国の膨大な資料の分析によってそれらの殺戮の状況を描き出した大作が、このティモシー・スナイダー著「ブラッドランド」2010年(上・下)(布施由紀子訳、筑摩書房)という書物である。書評家の言によると、本来書評というものは読書の楽しさを味わうためにあるはずなのに、「この本は書評するに辛い。圧倒的な恐怖と不快、人間そのものへの不信感や絶望を呼び起こすばかりで、どこにも楽しさはない」と冒頭にことわる(「本よみうり堂」2015.11.29(日) 松木武彦・国立歴史民俗博物館教授)。
 スターリンによる政策としての飢饉により300万人(33年ウクライナ)、大粛清70万人(37・38年ソ連領)、でっちあげの陰謀による20万人(39年ポーランド)、ヒトラーによる包囲作戦の餓死400万人(ソ連・レニングラード)、ホロコースト500万人(~45年ユダヤ人)。
 これらの虐殺を「強権国家の狂信的所業として理解の外に追いやるような論調に、著者は決して与しない」、支配者、官僚、実行者たちは「それぞれの論理でその所業を『合理』化した」、「国家や民族の名において意味や価値を与えられた殺害や死は、国家や民族がある限り、またぞろ繰り返されるのだ」、「おぞましい殺戮の場面で、死にゆく彼ら彼女らの名前を著者はできる限り記していとおしむ。歴史研究者としては犠牲者の数値を正確に明らかにすること。しかる後に人間主義者としてその数値を『人に戻すこと』と評し、この最後の著者の宣言に少しだけ心が救われる」と結ぶ。
 読売新聞のほかに、同日の日本経済新聞の読書欄にも紙面はやや狭いが、この本の書評(板橋拓己・成蹊大学准教授)が載っている。この書評には杉原千畝のことも本書に歴史の証人として登場していると述べられている。
 ここでの書評は、「しかし、私たちが最も学ぶべきは、著者の歴史に向き合う姿勢だろう。おびただしい非業の死と戦後におけるその歪曲わいきょくつづったのち、著者は終章『人間性ヒューマニティ』で次のように本書を締めくくっている。『ナチスとソ連の政権は、人々を数値に変えた。(中略)われわれ人間主義者ヒューマニストの責務は、数値を人に戻すことだ。それができないとすれば、ヒトラーとスターリンは、この世界を作り変えたたけではなく、われわれの人間性まで変えてしまったことになる』」と引用をしながら、著者の願いを述べている。
(著者のTimothy Snyderは、1969年オハイオ州生まれの歴史学者、米イェール大学教授。専門はナショナリズム史、中東欧史、ホロコースト史。著書に「赤い大公」などがあると紹介されている。)
 読むことは辛い、だが何としても読まずには終れぬ本だ、という本なのであろうが、神経への影響を考えるとさて一読に迷うところである。
 著者は、少なくとも各国の17の文書館をめぐり、封印されていた加害者側と犠牲者側の双方の記録を駆使し、流血地帯の実際を描いたという。これまでは主にユダヤ人犠牲者だけが切り離されて注目された経緯があり、また各国・各民族の個別史も大量殺害の全体像を明らかにはしない中で、殺戮の一つひとつを白日の下に生々しくさらして、何が起きたのかを余すところなく描き出しているという。
 この書評から思ったことだが、著者に次に難しい期待をしたいのは、アジア太平洋地域における戦争の実際を幅広く歴史家の目をもって調査し記述してほしいということである。

(2015.12.1 記)