西川一誠後援会サイト

イッセイエッセイ詳細

イッセイエッセイ

1060号 歴史とは何か―続(宮崎市定「中国史」上下)

2015年08月26日(水)

(現代史)
 「第四に記憶を喚起したいのは、世界史あるいは世界史の部分的研究と、現実に進行しつつある世界情勢との関係の問題である。」((上)32頁)
 「いったい学者は過去の研究を一方で行いながら、他方で現実の世界史の進行に追いついて行けるだろうか、という疑問が生ずる。」(33頁)
 この点について、特に現代史の歴史家にとって、「深刻な悩みの種」だろうという。
 「しかし考えてみると、人間の実生活には、絶えず将来を予測し、将来に備えながら、現在の瞬間を生き、新しい歴史を作って行く一面と、また絶えず過去を振返って過去を整理する一面とがある。そして過去を整理しておかなければ、明日の生活に支障を来すことになるのである。過去はそのまま消えて行くものではなく、その中の必要な部分は将来に再生する。だから過去を整理するという仕事は、それ自身が生活の進行なのである。何だか反対の方向に向いているように見えて、実際はそのいずれも、我々が生きて行く間に起る、生活の営みに外ならない。(33頁)
 上記はきわめて常識的な見考法である。
(歴史は人と共に)
 「歴史に志す者は、他の人よりも一層、現実の社会の動きに鋭く対応し、観察して、印象を深めておくことが必要である。現実の問題として体験し、把握し、理解し、記憶し、整理したことは、やがて何事にも替え難い貴重な史料になるからである。(中略)言いかえれば、老成者はそのまま一種の史料なのである。近頃の若者は、ともすれば老齢の故に老齢者を侮る気風がもしあったとすれば、それは大きな誤りだと言わなければならない。」(34頁)
 蒋介石が国民政府の総司令として北伐を開始し、1927年(民国16年)に江蘇・南京を占領した際、軍中の一部共産党員が日・英・米の租界に乱入し、居留民に暴行を加えて、国際問題を引き起こした。(「中国史」(下)298頁以下を参照)ここで国民党と共産党が訣別することになり、その結果、北伐の進度が停滞しはじめる。このいわゆる「南京事件」について、英・米の軍艦が揚子江中より城内に報復砲撃をしたのだが、日本軍艦は行動を共にしなかったにもかかわらず、若い学者の多くが、中国で出版された歴史書にもとづき、三国ともに砲撃したと転載しているらしいのである。著者は、自己の記憶にもとづき不審に思って、学生に検討を依頼し、更に確実な根本史料に当ったところ、自分の記憶の方が正しかったことが分ったと述べる。((上)35頁)
 今年は戦後70年である。この夏とくに8月に入って、新聞・テレビ・雑誌などで、戦中・敗戦時の記憶を求めて、70歳後半から80歳、90歳代の人たちのインタビュー・投書などが例年になく数多く紹介されている。このことは、現代の人達のためにも良いことだと思う。現実の記憶が、彼らの寿命とともに永久に失われることになるからである。しかしこれらの記憶についても、残念なことに時間による変形、70年余の時間による物の見方や理解の変化により、事実の記憶そのものが当時にふさわしいままの記憶として語られるか、難しいところである。願わくばできる限り、その当時の事実と感じたままの形で残して欲しいものである。
 著者はいう。
 「単に事実がどうという問題ばかりではない。戦後は物事の考え方が戦前とはすっかり変ってきて、悪いことは何でも日本ということになったらしいが、本当は必ずしもそうではないのである。特に戦争などというものは、一方だけが絶対に悪いということはほとんどあり得ない。むしろ問題はどちらが、より悪かったかという点に落付くものと私は思う。概して言えばより強い方が、より悪かった場合が多いようである。」((上)35頁)

(2015.8.13 記)