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イッセイエッセイ

1055号 伝説と歴史と風景(アーヴィングとスコット)

2015年08月23日(日)

 「ウォルター・スコット邸訪問記」(アーヴィング著/齊藤昇訳 2006年岩波文庫)を、二度の関西出張の車中時間を使って、七月下旬に読み了った。苦心して翻訳された齊藤先生から5月末にいただいた本である。1817年晩夏に作家アーヴィング(1783―1859年)はスコットランドにあるアボッツフォード邸にウォルター・スコット(1771―1832年)を訪れる。しかしここでは、そのときの訪問記のあらすじについては省略したい(「今はなき」519号参照)。訪問記の中の、とくにスコットやアーヴィングが「物語」や「伝説」について抱いている考え方について述べたいからである。
 「しかし、やっと足を止めてスコットが私の方に顔を向けた時、彼が詩人トマスにまつわる境界地方ボーダーズの吟遊詩の一部を暗唱しているのが分った。物語や伝説の多いこの地方をスコットと一緒に散歩するときは、いつもこんな調子だった。スコットの方は、周囲に存在するあらゆるものに関連した伝説的な物語で満ち溢れていたのだ。そして、彼は歩きながら、まるで息を吐き出すように言葉をつむぎ出していたが、明らかにそれは彼に同行する者の喜びであると同時に、彼自身の満足でもあった。
 私たちが歩いている丘も小川も、
 伝説や歌を持たないものは何一つとしてない。
 スコットの声は深く響いて朗々としていた。」(同書78―79頁)

 「奥の細道」において松尾芭蕉が先人によってつくられた各地の歌枕、あるいは源平の衰史の旧跡など、伝説とも史実ともつかぬものを道をふみ分け求め行く姿は、時代と形こそちがえ、スコットの精神と通じるものがあるように思う(ラジオ番組「古典講読」を聞いて)。

最近また別の本を読んだ。その中の「時間」や「伝統」、「伝説」ということを論じている文章を、次号と次々号において上記に対置したいと思う。

(2015年8月 記)