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イッセイエッセイ

1043号 田植歌

2015年05月31日(日)

 須賀川の駅に等窮とうきゅうといふものをたづねて、四五日とゞめらる。まづ「白河の関いかにこえつるにや」と問ふ。「長途ちゃうどのくるしみ、身心しんじんつかれ、かつは風景に魂うばゝれ、懐旧にはらわたたちて、はかばかしうおもひめぐらさず。
  風流のはじめやおくの田植うた

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 芭蕉のこの句「風流のはじめや奥の田植うた」は、まさに今の季節をうたった句である。「奥の細道」の中の発句ではあっさりした清々しさがあり、あきのこない好きな歌である。
「奥の細道」は、芭蕉が弟子の曽良と奥州の長い旅をした際の文学作品だが、俳句を付したありのままの紀行文だと理解してはいけないようだ(「奥の細道」-名句でたどるみちのくの旅/NHK古典講読シリーズから佐藤勝明)。坪内逍遥の虚実皮膜の理論があてはまる世界なのだろう。

 今日は、県立美術館に寄託される芭蕉関係の短冊や真蹟について、佐藤勝明教授(和洋女子大)に実見いただいた。上記ラジオの講師であり、近著として「松尾芭蕉と奥の細道」(吉川弘文館)がある。現在ではさまざまな資料や研究によって、「奥の細道」には脚色やフィクションが加わっていることがわかってきているようだ。したがって五・七・五の発句の部分においても、短いがゆえに何度も推敲が加えられ、また句の含意するところも、貞門・談林の伝統をうけ多層性をもっているという解釈だ。しかしわれわれとしては、芭蕉の名句の響き、そこから想像される東北の風物を味わうことができればそれで十分といえる。

 The beginnings of grace
 During my journey,
 The song of planting rice
 Here in the northern country. (by K.N) 

(2015.5.11 記)