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イッセイエッセイ

1041号 春秋の作法

2015年05月11日(月)

 中国の古典、魯の国の歴史を記した「春秋」という書物があるが、その注釈書(これも古典)として伝わっているものとして「左氏伝」、「公羊伝」が有名である。しかも両者は物の見方が真反対に近い。左氏伝の方は政治家の行った「結果」を重視し法家の思想につながる。最近はやりの言い方にすれば結果主義である。一方の公羊伝の方は行為者の「動機」を重視し、倫理モラル主義である。こういうことを、以前ある会合に講師で来県された加地伸行・阪大名誉教授に教わった。
 連休中に書類を整理していたところ、資料の間に座席札が挟まっていて、「左氏伝―結果、公羊伝―動機」と紙の裏にメモがしてあったので、その時のことを想い出したので「春秋」のことを記すのである。
 先生に、中国の古典の中で何が一番面白いですか、読む価値のある本は何ですか、という素人の質問をしたところ、「春秋」がよろしいと応えられ、二つの思想の違いに言及をされたのだと思う。
 それからすぐに「春秋」に挑戦しようと、左氏伝を読みはじめたものの、余りに無味乾燥であり、読み続けることができなくなった。福沢諭吉の自伝には、自分は適塾生のだれよりも左氏伝を読みこなし、暗誦んじられると述懐していたように思う。古典への近づき方には然るべき順番があるのではないかと思うが、いまだ不明なままである。
 同じく連休後半のことだが、宮城谷昌光みやぎたにまさみつの「
随想 春夏秋冬」(2015年4月新潮社)を一読した。宮城谷さんは中国歴史小説の大家であるから、春秋時代に関係した幾つかの小説を右において「左氏伝」を読むと巧くいくのかなと想像してみた。
 こう考えているうちに、以前どこかで宮城谷さんの小説を読んだような気がして調べてみたが、自家用の索引には載っていない。さらに調べて「古代の小国の政治」(2006年 第209号参照)にたどり着いた。これによって春秋時代・鄭の国のすぐれた宰相で、合理主義・実行主義の「子産」を主人公にした小説を読んでいたことがわかった。宮城谷さんが物語る中国の古代歴史小説の文体は、風景や対話の中に大陸を吹きぬける乾いた風の印象を受けた。しかし、随筆の方は全く別調子の自伝風の読み物になっていて、私生活での自然さがにじみ出ており、読んでみて様々に勉強になるところがあった。
 そこから幾つかを以下に記す。
  奥さんが書道教室をひらき、著者も手ほどきをうけられたようだが、そのとき気づかされたのは、文
 字はきれいであっても「こころ」とか「気」とか「」というものがない文字は、人に訴える力がないこ
 と―――小説もそうだ、と書いておられる。
(「書道」2012.10月)
  きっとそうなのだろう。書かれた字よりも、字を書く人の心構えの方が、もっと大事だということなの
 である。

 次に引用。
  難しさのなかにつかってそれを楽しみ、物事をやりとげるためには、はらを据えるということ。漢文や古代文字のむずかしさに辟易へきえきしないで、努力をめないことだと言う。
  「好きなことばは何ですか、というアンケートに、『四則得之しそくとくし』と、書くことが多い。これは孟子もうしのこと
 ばで、思えばすなわこれを得る、とむ。そのことを真剣に思っておればかならずそれを得ることができ
 る。つまり、わからぬことでも一心不乱に考えていればわかるようになる、と狭義きょうぎに解釈できよう。た
 だし原文は、学問の世界に意味を限定しているとはおもわれない。政治でも経済でも、あるいは福
 祉でも、困難に直面してそれを打破しなければまえに進めない、いわば進取の精神をもつがゆえに苦
 しむ人にあてはまることばであろう。孟子は一度とりかかったことを中途半端なかたちで放棄するこ
 とを烈しく嫌う、さいごまでやりとげよ、と常にいう。古代史にとびこんだわたしは孟子のことばを信じ
 た。」
(「腑に落ちるの記」2014年2月)

 次は時代劇に近い話し。住んでいた蒲郡に近い常滑の古窯や吉良町の清水一学いちがくの墓のことを書いている中の話し。
  吉良の家老であった小林平八郎央通ひさみちは、義士討入の応戦の際、18ヶ所の疵を負って奮死したと
 いうことであり、物語ではこれが清水一学に入れ替っているのではないかという。なお平八郎の
 むすめが画家・葛飾北斎の母だそうだ。
(「吉良家の臣」2013.9月か)

 次は、小説家としての「油断のない努力」について。
  「小説家としてなんとか立った私は、実生活がかならず小説に反映されるとおもい、油断ゆだんが小説の
 油断となる、と恐れたため、『呻吟語』によって自分をいましめつづけたのである。」
(「吉田兼好の墓」
 2014年4月) 注)明の呂坤りょこんの「呻吟語しんぎんご

  座右の書であった「呻吟語」に鍛えられた、という実感を書いておられる。日本人の好む洪自誠こうじせい
 「菜根譚さいこんたん」に比べて、呻吟語の方がこう考えて生きなさいという指示がより厳切げんせつである、と述べる。
 いただいた「既知」
(2015年4月号)という雑誌に、渡部昇一(上智大名誉教授)と伊與田覺(論語普及会学監)の両氏による対談が載っている。その中で渡辺昇一氏が、「菜根譚」は立派なことが書かれているけれども、所々青臭いと感じることがある、と論語と比較しての感想を述べておられるのは、共通した理解なのであろう。

(2015.5.6 記)

 さいごに白川静先生との関係の引用。
 以下の引用のほかに、白川静博士から「あなたは一を聞いて十を知る」と褒められた話(「腑に落ちるの記」)も出ている。
  「中国の古代の人々が形象をどのようにとらえて文字にしたか。私は会社をめてから十年後に、
 小説を書くために、どうしても甲骨文字をらなければならなくなった。(中略)文字は人と人との交
 流のために必要であったわけではなく、最高の聖職者でもあった王が神と交流したあかしとして必要で
 あった。(かなり中略)
  とにかくそういう発想をもったため、自分で甲骨文字を読めるようになれば、小説の世界がひろが
 ると思ったのである。もちろん甲骨文字を読むことは、私のような非家ひかには手におえないことなので、
 白川静博士の著作を、入手できるかぎりのものをすべて読んだ。耽読たんどくしたといってよい。あえてい
 えば、これほど楽しい読書はなかった。やがて古代の人々のありさまや風景がみえるようになっ
 た。」
(「月と肉」2013年4月か)
 宮城谷さんの小説に白川文字学の力が働いているのだと言えるのだろう。
 引用だらけの文章になったが、結局、左氏伝は肚を据えて最後までがまんして読むより他はないということになるのか。

(2015.5.6 記)