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イッセイエッセイ

1039号 多様性の意味(「私の履歴書」から)

2015年05月09日(土)

 きょう5月5日は「子供の日」である。
 三日前、連休が始まった5月2日(土曜日)に、今立町あたりの街道を通った折、村中に鯉のぼりが一旒なびいていた。この景色を見てよろこぶと同時に、1つではややさびしいなと思いながら行き過ぎていった。ところが村外れにきたとき、遠くに悠々と且つ重々しく流ぐ姿の幟りがもう一つ見えて、そこに皐月らしさを感じた。
 昨日はおしめりがあったが、また今日は明るい快晴である。子供の日のきょうの「私の履歴書」には、川村たかし・日立製作所相談役の中学生時代の想い出が書かれている。
 1952年(昭和27年)に北海道教育大の附属小から附属中学に進学されたときの話しである。他の小学校からの仲間が加わり、そのことが授業や遠足などに新しいアイディアや知識をもたらし、自分たちの学級がマンネリから脱して活気が生まれた、という体験が書かれている。
 川村さんの仕事上の持論は「多様性の導入は改革の柱」だそうである。以後の連載にその種の会社経営のお話しが出てくるのだろうが、新たな仲間の参入による多様性の効果を知ったのは、その時の新鮮な経験に由来するところが大きかったということである。
 ここからわれわれは、多様性を好ましい状態と考えるのはそれが画一性の弊害を除いてくれるだけでなく、積極的な意味で、活力を生んでくれる源泉となるからだ、ということを知る。
 履歴書の二回目(5月2日)では、著者の父君のことを書かれている。漁師の子が学問ができそのため官費で学べる東京高等師範に進み、旧制中学の教師、戦後は北大教授となり、1950年にはガリオア資金でオハイオ州立大に英語研究の留学をした方らしい。
 しかしと書いておられる。
 「今でも残念なのは父に英語を教わる機会がなかったことだ。高校時代のほんの一時期、友達の発案でみんなで一緒に習ったことがあり、『熟語や慣用文の暗唱が効果的』と指導されたが、友人たちが長続きせず、父の都合も悪くなり、講義が中止された。」と回顧する。
 ここから又われわれが教えられることがある。英語の学習には、動詞を使った語句に慣れること、そして何よりも暗唱をすることが重要なのだということである。

(2015.5.5 子供の日 記)