西川一誠後援会サイト

イッセイエッセイ詳細

イッセイエッセイ

1037号 若者への助け

2015年04月19日(日)

 「社会主義者の段々殖えるのは、小学校の基督教教育が全然無功だからである。この教の抑損の徳や秘密観は小児の心状に対して何の接触点をも有せない。今後の救済策はStoaストア派の哲学を授けるにある。瑞西の法学者HiltyヒルティはChur〔クール〕のSeminar〔セミナー〕の校長に勧告して、生徒と共にEpiktetエピクテトスを読めと云った。(Friedrich Dernburg)」

 上記は、最近岩波文庫から池内紀の編注により(2015年2月)出版された全三冊の森鷗外「椋鳥通信」からの抜粋である(中巻20頁 1910年8月6日の項)。
 この「通信」は当時の主にドイツ語の新聞に報道されたさまざまなニュースや事件の中から、鷗外が関心をもった項目を翻訳し特定のスタイルで再構成して読者に紹介した読物である。これらは外国での昔の出来事の一見無雑作にみえる羅列なのだが、今の目でみてもそうした感じを与えないのは何故なのかは文学的に考えてみる価値があろう。
 同じく岩波文庫には、当時ニュースとなったヒルティの『幸福論』の中に「エピクテトス」という80頁余りのこの論文が入っている。鷗外が記述しているように、ヒルティがクールの師範学校の校長に宛てた書簡形式をとった寄稿なのである。
 ヒルティは「・・・ストア主義は、向上の精神にもえて修行の道にいそしむ青年の魂と性格とに、非常な魅力と鼓舞の力とを与えるものであるが、ところが、キリスト教の方は、一応教育を終った人のかなり豊かな人生経験と、とくに謙虚のこころとを前提にしているので、なお修行中の青年には充分適しないところがある」と考えており、ストア哲学とキリスト教の子供たち内面に与える影響の違いを教育者にわかってもらおうとしている。「エピクテトス」ではヒルティは、ストア哲学の説教を私見を加えながら詳しく記述しているのであるが、この種のストア的道徳のような教科が現代日本にあるのか又つくれるのか、さらには子供たちの心にも通用しうるかの検討は値うちがある仕事と思う。

(2015.4.17 記)