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イッセイエッセイ

1035号 春よ来たか

2015年03月25日(水)

 これから半月ほどの時期が福井の風景がもっとも輝く季節である。今朝は福井市JAの総代会があって会館まで歩いて行った。途中あちこちの小さな空地や家の陰から、白梅の清楚な姿が目に入る。畑はすっかり乾き、冬を越し残った大根が葉を青々と広げ、小川は春の水を今かと待ちながら浅く静かに流れている。
 大会では皆がTPPの問題点を論じ、農業の将来を愁い、自己の努力を決意する。
 帰りの路傍、倉庫のような建物の横に土筆が群れになって伸び出し列をなしている。公園では青い服の子供がブランコに乗っている。
 その先の花壇では、町内の人たちが幼児も大人も男女も混って、20人ほどで何かをしている。ジャガイモを植えようとしているとのことであり、ようやく耕し終ってジャガイモの種を柔かい土に埋めこむため三、四本ロープを線引にして引っぱっている。皆んなは初めてのジャガイモ植えの作業だという話しである。家庭菜園の立場から見ると、小さい耕運機を持ちこんだり、花壇にチョークの印を付けて間隔を記したり、何本ものビニールロープを張るなど、あまりに沢山に過ぎるのだが、これがまた皆さんの春の楽しみというものだろう。
 図書館の植込にも気がつくと沢山の土筆が今を盛りと伸びており、肌色のものが多いが中には頭に黒味の付いた土筆もある。
 足羽山もこれから芽吹こうとしており、枯木と斜面の草むらに色も形もやや差ができはじめて、これから木の芽が活動しはじめる時期である。
 外灯が間近かにある廊下のガラス窓に、きのうの夜は白い花びらのような小さな蛾が羽根を広げて二、三匹とりついていた。数日前にもこのような一匹の蛾を初見した。間もなくすると庭に住みついている家守が、これらの火取虫をねらって出没することになるであろう。
 今日は別の会合で三方の梅のことが話題になった。蜜蜂は15℃以上にならないと活発に動かず、受粉が成功しないとのことである。仕事から帰りの車による計測では気温は19℃に上昇しており、きのう今日のお彼岸の暖日によって、梅花が六月に三方の梅実として多く期待できるかもしれない。
 わが庭の梅木の方も、蕾をつけてから日をずいぶん数えるが、きょうは春の暖かな日を浴びて満開である。落花はまだ地上にみえない。まだ十字に縛ってある青竹のてっぺんから雪吊の縄があや取りのように梅枝の先端と三角形にして結ばれている。虻か蜂が来ているかどうか近づいて眺めてみる。はじめは何も見えなかったが、目が馴れてきて一花に小さい蜂がとり付いているのを発見する。蜂はゆっくり仕事をし、あまり急がず隣の花に移っていく。そしてもう一匹また見つける。
 この梅木の近くに鉢植えのまま育てている枇杷の一木がある。この冬は雪が何度も断続して降ったが、うまくやり過ごして三本の枝になって濃緑色の元気な長い葉を拡げている。一番上の部分には柔かい茶色の新葉が顔を出している。枇杷の花は目立たずに冬に咲くものらしいのだが、この冬はその気配はなかったので、今夏はきっと青葉繁りて実の無き儘ということになるのだろう。
 きょうの読売新聞(日曜版)の「名言巡礼」に星野立子(1903-84年)の句、<ままごとの飯もおさいも土筆かな>――が父虚子との関係、彼女の娘、孫のことも語られながら紹介されている。

(2015.3.22 記)