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イッセイエッセイ

1034号 さあ田園に帰ろう

2015年03月25日(水)

○土にまみれて農作業
  豆を種う 南山のもと
  草盛んにして豆苗とうびょう稀なり
  あしたきて荒穢こうれいおさ
  月を帯びすきを荷いて帰る 
(陶淵明「帰園田居」其の三から)

  親戚の情話をよろこ
  琴書を楽しみて以て憂いを消さん
  農人 余に告ぐるに春の及ぶを以てし
  将に西疇せいちゅうに事有らんとす 
(同「帰去来兮辞」から)

 ずっと昔の中国・南朝時代、陶淵明(365-427年)のこの詩の気分は、次のようなことになる。
 <豆より雑草が多い、朝まだきから暗くなるまで精励。春が来たので、西の畑で作業を始めるか>……。
 そうだ畑仕事の季節だ。しかし、すぐには手が廻らない。

○イギリスの田園生活
 「異国の旅人がイギリスの国民性を正しく理解したいと思うならば、首都に限定した範囲で彼らを観察すべきではない。それにはまず、田園地帯に足を踏み入れるべきである。」
 「国によっても異なるが、大都市は国家の富と流行とを呼び込み、優雅な知的文化の唯一の拠点と目されている。他方、田園地帯のほとんどは野卑な農民の住む辺鄙な場所なのだ。ところでイギリスの場合に限れば、首都は単に上流階級の溜まり場、あるいは社交の場として親しまれ、そこで彼らは一年のわずかな月日を費やして慌しく歓楽に溺れ放蕩を尽すのである。このように快楽を貪った後、彼らは都会の生活よりも相性のよい田園風景に包まれた田舎暮らしへとふたたび戻ってゆくのだ。」
 「事実、イギリス人にはもともと田舎暮らし志向という特性が強くあり、自然の美しさに敏感で、田園地帯での仕事や遊びを大いに好む傾向がある。このような愛着は生来的に備わっているように思われる。」
 「こうしたすべてのイギリスの国土を彩る風景に共通する点は、静かで落ち着いた趣や家庭のなかで育まれた道徳と田園への愛着が祖先から子孫へと継承されていることである。すなわち、こうしたものがイギリス国民の有徳の人格を深く、そして切実に物語っていると言えるのだ。」

                                               (W.アーヴィング「イギリスの田園生活」から)

 アメリカ文学の父といわれるアーヴング(1783-1859年)が、旅行者として描くイギリスの田園風景の美しさは、自分の経験からしてもまさにその通りと思える。しかし、説明としての彼の風土論がどの程度に説得力のあるものなのか。幕末日本の主に首都の近郊について、外国人が日記や記録として残した当時の古きよき風景の描写は、このアーヴィングの「スケッチブック」と通じるところがある。福井のこれからの早春の景も似たるところあり。
(「中国名詩選(上)」川合康三かわいこうぞう編訳2015年1月、アーヴィング「スケッチブック(上)」斉藤昇訳2014年11月 ともに岩波文庫から)

(2015.3.21 春の彼岸に記)