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イッセイエッセイ

1027号 時代は廻る(人口について)

2015年02月20日(金)

 以下は、まだ戦後といわれていた昭和26(1951)年に、石橋湛山が67歳のときに回想録を公にしたときの主張である。因みに湛山は五年後の昭和31(1956)年末に72歳で総理大臣に就任したが、翌年2月に臥床、辞職している。
 「人口の多少は国土の面積に比較して計るべきではなく、その勤労可能な人口にどれだけの勤労の機会を有効に与えるかをもって論ずべきである。あえて産めよ、ふやせよというのではない。しかし日本の国内に食料増産の希望が少ないから、日本の人口を減らせというのは、帝国主義か、あるいは自殺主義かの思想である」(「湛山回想」の巻尾391頁から 岩波文庫1998年)
 湛山は回想記の中で、その当時、日本の耕地が狭く食糧の生産が乏しいために日本の人口を制限しなければならないと通俗的に説いた世論に抗して、その不都合さを経済学的に論じたのである。
 ここで引用した目的は、湛山の主張が歴史的にみて正しくその通りになったと述べることではない。国民一般のその時代の思考構造が、日本の耕地面積や食糧不足に危機を抱いて人口制限を説いたのに対し、湛山の方は国民の労働力(生産力)の可能性を見たことにある。あえて不正確な表現を許してもらえれば、重農主義と重商主義、国内主義と国際主義のちがいと言ってもよい。
 いまの我々がこれを読むとき事態は真反対である。日本の耕地と食糧は市場トータルとしては有り余っており、その中で人口が減少しており、人口増加の見込を悲観しているのである。七十年前の思考でいくと、今はたいへん結構な世の中であるはずなのに国民は将来に暗雲をみている。
 ここで湛山いま有りとせば、はたして何と論ずるであろうか。それには奇策があるわけではなく、できるだけ可能な人口増加策を進めながら、そこに生きる国民の生活水準を向上させる努力をすれば良い、という穏当な主張になるのだろうか。

(2015.2.14 記)