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イッセイエッセイ

1026号 書の黒、雪の白

2015年02月20日(金)

 文字を書くことは、漢字一文字を書くだけでも一画ごとの運動の過程であって、ワープロやタイプライターのように単なる文字の移転ではない。今朝は色紙を書道のようにして書いたあと、春の空から降ってくる白の大小、疎密、遅速さまざまな雪の形を眺めながら、何故かそうした観念がふと浮かんできた。いま筆で紙に書いた漢字(ひらがな、かたかなも簡易な変形である)とABCの文字との間には表意文字と表音文字の絶対的な違いがあるのだと決めてしまってよいのかどうかは確かではない。そこから先、文字の成り立ちや文字の性質の違いの詮索は途中まで行っても最後のところはわからなくなる。突き詰めようとすれば、人間のつくった文字というものの由来や不思議な性質にぶつかり、Xのまま謎で終る。
 雪のように白い不思議なものが空からどうして点々と降って来るのは一つの奇跡である。さまざまな種類の文字が歴史的に生まれ消え、伝えられ、無限の言葉が積り積って今にできあがったのと同様である。
 漢字の一画一画そのつながり、配置、止め、伸び、折れ、曲り、はね、どの一つをとっても意味がある。その基本から外れたときは、巧拙の問題ではなく原理の問題が出てくる。それゆえ文字を書くことは、門外の書き手にはいつも不興の気持をおこさせる。

(2015.2.14 記)