西川一誠後援会サイト

イッセイエッセイ詳細

イッセイエッセイ

1021号 神話としての統計

2015年01月29日(木)

 人間は、神を頼りとする時代から、いまは自己である人間を頼りとする時代に生きている。天動説は地動説そして天・地動説に変った。日常の世界でも例えば、子は授かりものから、生むも生まぬも親の意思によるものとなった。とうの昔から奇跡は信じられなくなり、人間が起こす「感動」といったようなものが、せいぜい奇跡と呼ばれるにすぎなくなった。
 しかし神話が世の中から消えたか、というとそうでもない。信じてもよいような形のものがつぎつぎ現われる。さらに最近では、不完全さを予め念押しして、すき間のある神話をおしつけてくる風潮も出ている。市場経済学や原子力安全規制などがその例である。それでいて安全への信頼は神話という敬称をつけられて葬られている。
 統計を精緻に駆使した歴史人口学の著作(E・トッドなど)、最近よく引用される「21世紀の資本」(トマ・ピケティ)などは、統計を用いて読者の支持を得ている。これらの方法は、過去を想像させる統計へとくわしくさかのぼり、それだけでも神話性を帯びてくるのだが、さらにそこから統計によって未来までも予測することになれば、統計が神話だという訳ではないが、信じることになる点において神話の構造に一層近づいてくる。

(2015.1.28 記)