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イッセイエッセイ

1019号 問題を解くとは何か

2015年01月26日(月)

 日経新聞(2015.1.5)の月曜日版の教育面には、次のような『高校入試の過去問練習』というタイトルで「時間配分、入念に作戦を」というコラムが載っていた。
 入試の最後の追い込み策としては、過去問研究が効果的だが、受験校の出題傾向をつかんで弱点補強をする事だけに終らないよう注意をすべきだ、と助言している。
 どういうことかと言えば、「過去問練習のポイントは時間のマネジメントだと思う。入試本番では与えられた時間を効率よく使って問題を解くことが大事だ。すぐに点の取れる問題と、時間ばかりかかって正解しにくい問題を見極めるセンスが欲しい」と述べる。
 優秀な受験生が解いても時間が余らないように作ってあるのが入試問題であることを念頭において、出題者が問題に仕込んでいるトラップをいち早く見つけ、これに備えるべきというのである。入試とは、一種のパッケージになって一定の順序に従い受験生に向って時間的に挑戦してくる形式をとる。いわば早打ちの碁や将棋に似ている。しかし、授業や日々の学習はそうではなく断片的で、それなりに完結的である。この徹底的な違いを生徒に分からせ自覚できるようにしなければならないのである。

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 学力テスト、大学入試の問題の不合理性、奇妙さ、詰らなさなどよく問題視される。昨年12月には中教審が大学入試改革について答申している。数年後には試験制度が二系列の複数制度になる可能性がある。
 ところで、いまの大学入試できちんと学力試験を行っているのは、三割程度であり、残りは少数科目での受験、あとの三割はAO入試といわれている。
 私立大学なども大学の魅力発信や宣伝にエネルギーを費やすようになっており、これらのことが合いまって、大都市に地方の生徒が引っぱられてゆく傾向が放任されている。
 しかし、これまでの歴史をみても、入試制度が大きく改善されるかどうかは分からないし、また改善の意味も何のことかはっきりしない。外国の大学についての限られた情報から言うべきではないかもしれないが、国ごとの大学の様子は実にさまざまであり大学制度に絶対というものがない。とくに英国のオックスフォードやケンブリッジ大学での経験談などを聞くにつけ、その感を強くする。
 要するに、大学だけで何かを解決できるという発想が、世の中に合わないのかもしれぬのである。都市を中心に沢山の大学が次々と作られ拡大するままに、一体何をどうしようというのだろうか。

(2015.1.12 記)