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イッセイエッセイ

1014号 酒と水の味

2015年01月04日(日)

 よい酒というものは良い水からしか作れない、という話を以下に述べるわけではない。
 福井の酒が美味いと誉められるとき、「お酒の味ではなく、まるで水のようでしょう」といつも返事をすることにしている。そうするとその人も、そう言えばその通りですねと首肯かれるのである。
 きょうは正月の二日、外は雪沈々、雷も厳然として鳴り渡る。
 読始の積りで、旧臘そのまま半ばにしていた評伝「吉田健一」(長谷川郁夫著 新潮社2014年9月)の新しい頁を開いた。そこに吉田健一さんの次のような文章が載っている(第11章 酒中に真あり、348頁)。
 「・・・一体に酒が上等であればある程水に近いものになる・・・凡て酒といふものが水も同様になった境地といふのがどんなものかは考へて見るに値する。それは世界が一人の人間にとってただの世界である以外の何ものでもなくなるのと似てゐるのではないだろうか。寧ろそれは似てゐるのではなくて同じことなのである。」
 この伝記にはともかく世にいう飲み助というか、痛飲の場面が多いのだ。しかし、名酒の意味を正しく感じておられることについて、全く同感なのである。真味淡、お酒もお刺身も味がそんなにあるようではこまるのである。

(2015.1.2 雪よく降る 記)