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イッセイエッセイ

1007号 次の一手

2014年11月20日(木)

 先日、女流本因坊のタイトルを最年少で獲得した16歳の少女のことが新聞に出ていた。今日はまた週刊紙(文春か新潮か失念)を眺めていたところ、祖父が囲碁の名人であったこの女性棋士の幼児期からの神童ぶりが書かれてあった。世の中にある大抵の詰碁本をお母さんが買ってきて、それを片っぱしから解いてゆき、一回でできないものは印をつけ、すべて読破していったということである。これは取りも直さず、全部の問題を次々と最後までやっつけてしまったことを意味している。受験勉強の世界でよく言われるような良問を選ぶとか、思考力の試されるものに挑戦するといった類の問題への近づき方では全然ないのである。
 ところで週刊紙にはいつも碁や将棋の趣味の頁が必ずあって、「次の一手」といった盤面が初期の段階の興味をそそるような問題が出ているのである。この種の素人の挑戦は、能力も知識もほとんどなくても自己流の答えをでっちあげることができる。ひょっとして正解ができたのではないかと思ったりして、実に気楽で楽しい冒険なのである。しかし、数独のように自分の答えが合ったりすることは全くない。
 学校教育は囲碁のトレーニングに比べ、閃きが要求されることははるかに少ないだろう。結局は学習の成功も、いま述べた囲碁の「次の一手」的な態度から、少女が実行した「詰碁」の完遂の方面にどれだけ近づくことができるかに懸っているのではないかと思える。

(2014.11.13 揺れる夜間飛行中 記)