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イッセイエッセイ

1002号 雑想(10)

2014年10月11日(土)

(はじめての道)
 仕事柄あちこちさまざまな道を車で通ることが多い。しかし、初めて走っているとしか思えないような新しい道に出会う。昔から地元で使われているような道は、今は地域の人たちのほかは使うことが少ないだろう。戦後の経済発展の中で、村の外れに新しい道が作られ、さらにそれらの道どうしを結ぶ道が次々とできた。結果かつての街道は、もう通過交通には使われなくなっている。
 きょうの午後は、武生商業高校の創立50周年の式典があり、帰路は家久町から西に出て、それから北へ向かう古い街道を通った。旧吉川村あたりでは、大倉とか小泉という集落の表示が出ている家並のところを過ぎた。沿道には林に囲まれた珍しい名の神社や、秋の日を浴びた古い民家、その前庭には畑や木立がしばらく続いた。道路というものは、古びて適当に曲っているのが面白いものだ。普段は用事のない道を偶然に通ることが美しさの発見につながり、また気分をよくするのである。

(2014.10.4(土)記)

(校歌について)
 午前中は鯖江高校の百周年式典があり、午後には武生商業高校の式典があり、一日のうちに二つの校歌を聞いた。生徒が歌うのを聞きながら同時に自分もいっしょに歌った。校歌を歌うのはお祝いごとであり、そのためまず愉快な気分になる。知らない歌詞とメロディーを初めて歌うことが、さらにそうした気分にさせる。生徒といっしょに若い気持になって歌うのが気分をよくする。

(同上)

(十三夜)
 今晩10月6日は後の月(十三夜)である。この日は言い伝えでは「十三夜にくもりなし、十三夜は十五夜よりも晴れて月が見られることが多いんだ」(10/5「ひなちゃんの日常」おじいちゃんの言葉から)ということである。
 夜の九時前に気になって庭に出てみる。外の冷気はつよく、虫の声はしてもやや弱くなっている。台風18号が午前中に潮ノ岬から浜松付近を通過したようだが、福井県方面は風もほとんどなく雨も小降りに終った。
 夜空を見上げれば台風が過ぎたばかりで雲が空を覆い、青空らしき隙間がわずかばかり感じられるだけである。月がどのあたりにあるのか。広がる雲にどこにも明暗の差がなく、これは今年は無月かと思った。十五分ほど後に庭へもう一度出て空を見上げる。すると急に月があるらしいところの雲の形が明瞭になり、光を背後からうけて雲が速く動く様子が現われ出した。徐々に雲の奥から光が強く感じられ、雲の中をまるで流れるように十三夜の月がしばらくの間顔を見せた。十三夜にくもりあり、されど無月なしか。月の周りには雲が幾重にもあるためか、空の奥深く月が沈んで輝くように見えた。
 日本人が月を歌うことを憶えて千載、十三夜を見ることも千回余、去年も後の月を眺めたはずであるが、今夜の景色は全く初めてのような気分がした。これ命なりけり、庭の暗がりから明るい部屋に戻って普通の心境になった。

(2014.10.6 記)