日記ブログ
 

2008年
●7月
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332号  平等と社会(「アメリカのデモクラシー」から)

(アメリカのデモクラシー第二巻(下)トクヴィル著、2008年5月岩波文庫)
 「アメリカのデモクラシー」の最終巻(文庫本全4冊)は、民主的国家における権力の集権化、専制の危険について、二百年近く前にすでに予見している。あわせて個人や地方の自由をどのように守っていくのかの制度的保障システムの必要を主張している。
 わが国のこれからの地方自治、ここ4、5年つづけてきた「分権」論議とは一体何であったか等について、批判(学問的な意味での)を加える際の参考となる。以下に本書の抜粋を行うとともに、私的な標題と注記を付した。

習俗の優しさの原因は、文明と啓蒙以上に平等にある
  「一国の人民の習俗の厳しさを和らげるのに与る要因はいくつかあるが、私にはもっとも強力な要因は境遇の平等であるように思われる」13頁
(注)江戸の仇討と近代の裁判について
アメリカでは、人々は互いに似た境遇のため、ささやかで多くの寄付が救済に集まる
  「目立つ献身は稀だが、誰もが世話好きである」36頁
(注)現代アメリカにおける格差と寄付文化の関係
境遇の平等は、命令する側にも従属する側にも、恒久的なものはもはや何もない
  「貴族制諸国の人民にあっては、(中略)どこに目を向けても、目に入るのは階層秩序のイメージと人が命令に従う光景である」40頁
「デモクラシーにおいては、主従は本来ほとんど違いのない人間であるのに、いつまで経っても他人同士である」41頁
デモクラシーでは規律と権威は目立たなくなり、親を敬う儀礼は揺らぐ

 

「社会状態が民主的になり、人々が、一般原則として、古い考えは参考にする情報であって従うべき規範ではなく、物事をすべて自分で判断することはよいことで正当だと考えるとき、父が息子たちに及ぼす意見の力はその法的権力と同様に小さくなる」64頁
(注)戦後六十年余後の本格的にアメリカ化された日本との比較
合衆国の女子教育は、女性の意見の自由な努力を当てにする
  「アメリカの若い女性は適齢期に達するずっと前から、少しずつ母の庇護の手を離れはじめる。まだ、子供時代を抜けきらぬうちから、自分の頭で考え、自由に喋り、一人で行動する。広い世間の有様は絶えずその目に触れるが、親はこれを隠そうとするどころか、娘の目の前に日ごとにますますはっきりと現実をさらけ出し、堅実で落ち着いた目で世の中を考えることを学ばせる」70頁
宗教を信じる人民や産業の盛んな国民は、婚姻を厳粛に考える
  「私はしばしば荒野の涯で、ニューイングランドの大都会の洗練の中で言った若い娘が、豊かな親の家を出て、ほとんどそのまま、森の掘っ立て小屋に移住してきたのに出会ったものである。興奮も孤独も倦怠も彼女らの勇敢な精神を挫くことはなかった。顔つきは変わり、やつれては見えたが、目つきはしっかりしていた。悲し気ではあったが、毅然としていた」78頁
 
(注) 大草原の小さな家、シェーンなどいわゆる西部劇にみられる主婦像か。娘時代と妻とは全く違う境遇となるが、彼女たちは「冷静不屈の力をもってこの変転を乗り切る」(同上)。なお、現代の合衆国との差(6/22の新聞にマサチューセッツ州の人口3万人の漁師町グロスターで起こった高校生による「妊娠協定」の記事)。
境遇の平等は、道徳の厳しさを助長し増大させる
  「女性がいつでも自由に相手を選び、よい選択をする力を教育によって授けられる国では、世論は妻の過ちを容赦しない」81頁
(注)現代アメリカとの連続性はあるのかどうか
アメリカ人は男女が同じことをする義務も権利もないと考えるが、それぞれの役割に同じ
  価値と敬意を表す
  「アメリカは両性に対してはっきり別の行動の指針を示す配慮を最も持続的に払い、両者が同じ歩調で、しかし常に異なる道を歩むように願ってきた国である」91頁
(注)最近の男女共同参画思想との関係
平等はたくさんの小さな私的結社(個別社会)をつくる
  「市民を平等で同じようにする社会全体の努力がどうであれ、一人一人の個人の誇りは常に平均からの逸脱を求め、どこかに自分のためになる不平等をつくりたがる」98頁
  (以上‘08.6.22記)
民主国の人民は謹厳実直だが、一つ一つの問題に時間と配慮が払えないので、時とし
  て軽率な行動をとる
  「あらゆる自由な人民はいつも何か危険で困難を伴う計画に心を奪われているので、生真面目である」108頁
(注)日本における抽象的な、又長いものにまかれる的な政治論について
アメリカ人の国民的虚栄心は自分の特典にこだわり、イギリス人より落ち着きがなく
  論争的である
  「民主的国民の執拗であくなき虚栄心はこのように境遇が平等で壊れやすいことに由来することが大きい」115頁
  (以上‘08.7.3記)
デモクラシーにあっては、人はすべて似たようなもので、似たようなことをする
  「アメリカ社会の様相が騒がしいのは、人とものが不断に変化するからであり、それが単調であるのは、あらゆる変化が同じようなものだからである」116頁
特権的な身分がなくなると、善悪という単純で普遍的な観念だけになる
  「名誉を作り出したのは人間の間の相違と不平等であった。この差異が姿を消すにつれて、名誉は弱まり、それとともに消えていくかもしれない」140頁
合衆国は野心家は多いが大望はほとんど見られない
  「特権は嫌われ、特定の人間を選ぶのにも抵抗があるので、資質と無関係にあらゆる人間が一つの共通のコースをたどることになり、誰彼の差別なく瑣末な予備訓練を課されているうちに、若さは失われ想像力の輝きは消える」146頁
ヨーロッパの国民とはことなり、合衆国では公職が産業とはならない
  「公職の数が少なく、配分も適正を欠いて安定せず、他方、実業の道は数多く開け、また生産的であるとき、平等が日ごとに生みだす新しく性急な欲望は至るところで実業の世界に殺到し、行政には向かわない」151頁
(注)現代は逆に産業家が合衆国の公職についている
デモクラシーの人々は変化を好むが、原理には触れないように注意し、革命を恐れる
  「民主社会では、市民の多数にとって革命が起って何の得があるのかは明らかではなく、革命があれば何を失うことになるのかは、刻々、さまざまな形で感得できる」159頁
「白状するが、市民たちは今現在の享楽への怯懦な愛着にとらわれる余り、自分自身と子孫の将来への関心を見失うのではないか」175頁
平等は人々を独立に向かわすと同時に、人々を隷従に向かわす傾向を生む
  「平等は人々を互いに独立なものとし、それぞれ自分の意志にのみ従って行動する習慣を好みに馴染ませる。(中略)人々はどんな権威をも不満の目で見るようになり、そのうちやがて政治的自由の観念とそれへの愛着を身に覚えることになる」211頁
「平等は、実際、二つの傾向を産み出す。一つは人々を直接独立に向かわせ、一挙に無政府状態にまで押しやり、他はより長く、より目立たないが、より確実な道を通って、人々を隷従に導く」同上
平等的な民主的諸国民は、単一で画一的で強い政府を好み、権力の集中に好意的で
  ある
  「一つの中央権力が市民全員を単独で率いるという観念は、人々が特に考えなくとも心にいだく観念である」214頁
  (以上‘08.7.4記)
単一の権力のイメージは政論家や政治家もこれを採用し、群衆は飽くことなくこれをつか
  もうとする。
  「一体性は偉大であるという観念を人間は手段においてとらえ、神は最終目的において理解する。偉大さの観念が我々を多くの卑小な行為に導くのはそのためである」291頁補説
(注)わかりやすさの過度の追求は中央化、画一化をまねく
民主的国民は独立と無力の二つの状態にあり、最小の特権に反発するので、助力を
  同等の隣人ではなく中央権力に求める
  「公共の静謐への愛着はしばしばこれらの国民がなお有する唯一の政治的情熱であり、他のあらゆる関心が弱まり消えていくにつれて、彼らにあってはそれはますます目立ち、強くなっていく」221頁
(注)安全・安心への不安は、絶えず国に対する立法や指導を要求する
「彼らの目には、中央権力は自己を防衛しながら、市民を無政府状態から守る関心と手段をもつ唯一の権力見えるのである」同上
「今まさに始まろうとしている民主的な世紀には、個人の独立と地方の自由は常に工夫の産物であろう。中央集権が自然な統治であろう」224頁
国民の好みのみならずすべての国民の情念が絶えず国民を集権へ押しやる
  「民主国の中にいる野心的で能力のある市民は、ほとんど誰もが、社会の力の権限の拡大に飽くことなく努めるだろうことは容易に予測できる。誰もがいつかは自分がこれを動かすことを期待するからである。彼らは自分のために権力を集中させているのだから、極端な集権は国家に有害であり得ることを彼らに示そうとしても時間の無駄である」292頁補説
(注)安直な公共サービスが受けられれば、どこのセクターからでもよいとする考え方について
「デモクラシーの公人の中には権力の分散を望むものは非常に無私の人間か、凡庸極まるものしかいない。前者は稀で、後者には力がない」同上
アメリカでは自由は古く平等は新しい。ヨーロッパは逆で、絶対的権力の下で平等が奪い
  とられ自由の観念は後でできた
  「長く自由に生きてきた後に平等になった人々にあっては、自由がかつて付与した本能が平等の吹き込む性向とある程度まで戦う。そして、彼らにあって中央権力がその特権を増加させるとしても、私人が完全に独立を失うことは決してない」225頁
(注)日本の明治維新や戦後史との違いについて
主権者は公共の財産を管理し、私有財産にも介入し、市民の指導者にして主人であり、
  さらに執事でもあり会計係にもなる
  「民主的諸国の人民にあっては、結社によらずしては市民の中央権力への抵抗は実を結び得ない。だからこそ、中央権力が自分の支配の下にない結社を嫌悪の念なしに見ることは決してない」247頁
(注)地方自治への不信の根源はここにあるか
民主的諸国民は隷属した人民による政府を恐れるべき
  「今日権力は日ごとに自由意思の行使をますます無効に、いよいよ稀にしている。(中略)平等がこれらすべてへ向けて人々を準備させたのである。平等のために彼らはこうした事態を受忍し、しばしばこれをよいこととみなす気にさえなっていた」257頁
民主的な世紀には専制を恐れるべきであり、自由な諸制度をいかに維持するかである
  「民主的国民を率いる中央権力が活動的で強力であることは必要であり、望ましいことでもある。これを弱くし、怠惰にすべきではなく、ただ権力がその機敏や行動力を乱用することを妨げるのが課題なのである」265頁
(注)政治家と官僚組織のいずれが政策を作るべきかは明らかだろう
「同業組合や貴族から奪った行政権をすべて主権者一人に委ねる代わりに、その一部を普通の市民が一時的に形成する二次的団体に託すことができる。このようにすれば、平等を減ずることなく、私人の自由はより確実になるであろう」同上
(注)自治体と「二次的団体」との関係
「新聞の自由は民主国において他のいかなる国に比べても限りなく貴重である。(中略)平等は人々を孤立させ弱体化するが、新聞は一人一人の傍らに、もっとも弱くもっとも孤立したものも利用できる極めて強力な武器をおく」268頁
(注)新聞の報道と政治教育について
形式に対し現代人がいだく侮蔑ほど不幸なものはなく、人類の最大の利害のいくつかは
  形式にかかっている
  「どんな欲望の対象にも一挙に激しく飛びかかり、少しでも遅れると絶望する。このような気質を政治の世界にもち込むから、彼らは自分たちの計画のいくつかを毎回遅らせ、滞らせる形式に不快感をもつ。デモクラシーの人々が形式に対して感ずるこの不便さこそ、しかしながら、これを自由にとってこの上なく有用にするものである。というのも、その主要な効用は強者と弱者、政府と被治者の障壁となり、一方の歩みを遅らせ、他方に状況を認識する時間を与えるところにあるからである」269頁
(注)絶えず制度を変えようと急ぐ最近の傾向
「民主的諸国民は本来他の国民以上に形式を必要とするが、生来これを尊重するところはより少ない。この点は極めて真剣な検討に値する」同上
民主的諸国民の極めて自然で非常に危険なもう一つの衝動は、社会が侵害する個人の
  権利への軽視である
  「どんな国家も、短い期間のうちに、何度も元首や意見、また法律を変えると、これを構成する人々はついに変動の味に馴染み、すべての変動が力ずくで急激に為されることに慣れてしまう。こうなると形式の無視を毎日見て、彼らは自然にこれを軽視することになり、脱法行為をいやほど目にするので、法規の支配に耐えがたくなる」272頁
  (‘08.7.5記)