日記ブログ
 

2008年
●7月
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330号  書感―「地方文化私見」

 (桑原武夫全集第7巻から 昭和44年、朝日新聞社)
  「一般に中央の文化人は、供米以外のことについては、地方のことをあまり考えない。それは地方を知らぬためでもあるが、むしろ、地方を考えると苦しくなるからであろう。じっさい、地方にはウンザリさせることが多すぎるのだ。しかしながら、文化主義者をウンザリさせるようなおくれた地方、これをも含み、これをも進めつつ文化国家になろうと努めるか、それとも文化国家という考えをすて去るか、この二つ以外に道はないのである。」
 上記の引用文は、当時の片山内閣が東京に国立劇場を作ると言ったことに対する、桑原武夫の文化批評である。
 まず東京に建てるのではなく、地方の都市に建てて、少しでも新憲法の精神を生かすべきではないかという、頼もしくも昔なつかしい主張を、我々はこの桑原武夫の文章において読むことになる。
 1948年(昭和23年)の「改造」に載った論文であるから、文化水準は昔と現代とでは比較にならぬほど変ったが、一方で変らぬ点もある。
 今でも「東京的感覚」と「地方の生活感情」には大いなる落差が依然としてあるといってよい。地方への予算のバラマキ、メリハリをつけろという言い方は、ここ一、二年新聞で最も目につく言葉である。村落の存続が「限界」に達しているとも報道されている。生活や文化のレベルは変ったが、今も形を変えて桑原武夫の言う「ウンザリ」させられる話題が地方に多いのである。
 しかしこの文章を読んで認識を新たにしたのは、戦後しばらくはまだ、「供米」つまり農村からの供給による「配給米」についてだけは、都会に住む人達にも関心があったという事実を教えられたことである。
 さて高度成長期を通じ今日まで、お米にかぎらず地方からの人材の供給、水、電気などは、無尽蔵とみられてきた。そして身近には目に見えぬので、その重要さも無視されてきた。だが今年に入り、原油や原料などの資源が世界的に急激に高騰し、逼迫を見ていることを考えると、だいぶ様子が変ってきたことになる。あえて説明しなくとも感じてしかるべきことが、強制的に感じざるを得なくなってきたのである。
 しかしここでは、そのような変化を言いたいのではなく、地方と都市との支え合う関係を自然にわかって欲しい、ということを強調したいのである。

(‘08.6.21記)

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 地方と都市の問題に関して、二年前に残してあったメモをここに付す。H20年の現在では当時とはすこし世の中の感覚が違って来ていると思うが、比較して参考にされたし。
○無題
 今日のサンデー・ニッケイに「都民が日本をだめにした?」という時評があった。都民は豊かで、一人当たり所得は低所得県の倍近くもある。しかし、都民はなぜか鷹揚で、よく言えば無関心、正確には無責任である、と述べている。つまり、東京と田舎の県で格差について行き過ぎた再配分をしているのは、政府の無責任であり、地方へのばらまきの原資を東京から搾り取ってきた、と言うのである。
 例えば、都民一人当たりの収めた租税は、国から補助金や交付金として8%強しか還元されず、島根や高知は300%〜400%の還元である。また郵政事業の東京の黒字は1,399億円だが、全国でならすと263億円の黒字にしかすぎない。費用は東京が維持している。都民は日本の大スポンサーである、とたとえている。
 なぜそうなのかと続く。この巨大都市は過去40年余りの中で、総人口の倍以上の住民が社会的に転出・入しており、今住んでいる人達も地域への愛着やこだわりがないこと、そこには団塊の世代が無関心社会に順応していく過程を見ることができる。また、バブルと共に育った団塊ジュニアの自然増と彼らのバブルの享受がある。親は沈黙し、子供は豊かさに埋没した。自らの責任と権利に目を向けようとしない「文化」が定着した。しかし、これらは高齢化・少子化によって、そうはいかなくなるのであり、高齢化によって行政需要が増加した後、自分たちがいかに人が良かったか気づくであろうか、とこの時評は結んでいる。
 だがしかし、こうした一つの考え方には若干のコメントがいるようである。
 大都市の住民が口にする水や食料、またそれなしでは都会が存在しない電気やエネルギー、こうしたものに対しては確かにタダではなく、お金は払っているであろうが、もし石油のように2倍になったらどうであろうか。

(H17年記。7/10のサンデー?)