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314号 石橋湛山全集から |
今日は大学の卒業式に出席した。いまは卒業、入学の季節である。年度末の資料整理をしていたら、この文章が目についた。三年ほど前のものである。
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湛山(1884年・明治17年−1973年・昭和48年)は、言論人、思想家、また政治家である(昭和31年首相に挙げられるも、病のため中途退陣)。全集にある論文は、昔の時代の話題であり、表現の仕方も今風ではないが、その主張は現代に通じるところが多い。以下適宜、抜書きや要約をした(この13巻は昭和45年第1回配本である)。
○クラーク博士の教育(昭和21年)要約
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農学校でキリスト教道徳を説くことを主張し、許されたこと(当初、黒田清隆開拓長官は反対したが最後に折れた) |
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外から何をせよ、何をしてはならぬと強うるのではなく、青年の心の中から自覚的に其の規矩(きく)を発明させることに眼目を置いたこと(自由主義、個人主義、民主主義) |
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彼は弱々しい感傷的思想家ではなく、面白いのは、我が国の学校に軍事教練を取り入れた最初の人であったこと |
○天分の認識(昭和26年)抜粋
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私は若いころには、天才の価値を認めることをきらった。天才の価値を認めることは、もとより天才でない自分の価値を否定することになるからである。…しかしこれは若気の意地張りであった。 |
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人に天分の違いのあることは事実であるから、これをはっきり認識して、各個人はそれぞれ、その天分に応じて自己を完成し、社会はまた、各個人の天分を生かして、それぞれの地位をえせしめることが肝要である。かくに、ここに民主主義の社会は実現するものと思われる。 |
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天分だけで、勉強がこれに伴わなければ、折角の天分も枯死するであろう。これに反して、天分は乏しくとも、勉強でこれを補うことも、また可能である。 |
○落第の効能(昭和26年)要約
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人に誇れることではないが、自分は旧制中学を2回落第した。やむをえぬ故障のためではなく、ただぼんやりとなまけていて試験に落第した。二度も落第して平気でいたとは、何とノンキなことであったろうと思う。不思議なことではあるがそのおかげで二人の立派な校長に直接に接することができ(一人はクラーク博士の直弟子)、真の教師のあり方をおぼろげながら理解し、私の一生を支配する思想の基礎となった。 |
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